心の持ちようで体調は変化する プラシーボ効果が生まれる科学的理由|心と現実|川合伸幸/鈴木宏昭

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なぜある人にとっては何の変哲もないモノが、別のある人には感情を揺さぶる特別な存在になるのか。こうした問題に答えるのが「プロジェクション」の科学だ。世界を見る時、私たちは心で生成されるイメージを現実の存在に投射し、重ね合わせている。この「プロジェクション」の概念が、今、心をめぐる謎を解き明かしつつある――。

最新の研究から人間の本質に迫る知的興奮の一冊、鈴木宏昭さんと川合伸幸さんの共著『心と現実 私と世界をつなぐプロジェクションの認知科学』より一部を抜粋して紹介します。

心=世界-身体-行為の相互作用(鈴木)

これまでの議論の中で誤解されるといけないので、一つ釈明をしておきたい。それは、この本は脳やその働き(つまり、心)を否定するのかという誤解である。

もちろん否定などしない。私たちの心の世界の構築に脳が関与しないはずはない。実際、脳に異常が起こることで、世界の見え方、感じ方は決定的に異なってくる。視覚に関わる脳部位が大きな損傷を受ければ、仮に網膜、視神経がまったく損傷を受けていなくても、モノは見えなくなる。

また紡錘状回と呼ばれる場所が損傷を受けると、人の顔だけ特異的によくわからなくなってしまう。脳梗塞などで右半球の血管に障害が起こると、半側空間無視といって視野の左側が認識から消えてしまうことがある。その結果、探し物が左にあるとそれを見つけられなかったり、左側のものによくぶつかったりするようになる。この障害を持つ女性には、顔の右側だけ化粧をするといった特徴的な行動も見られることがある。

こうしたことを考えれば、脳が私たちの認知に無関係という主張は論外ということになる。だから、脳が私たちの認知に無関係であると主張したいわけではまったくない。

この本で最も主張したいことは、①環境、②身体、③脳の複雑な相互作用の中で「心」が生み出されており、そこでは脳の働きが深く関係しているということだ。

環境は身体や脳に影響を与え、それによって私たちはある認知状態、身体状態を経験する。また身体を用いた行為は環境を変化させ、「心」が特定の状態になれば、脳も、身体も変化する。図1─3に示したように、そうした相互関係が形成され、それが心を含めた私たちの生活全般を形作っている。

図1-3 心と脳、身体、環境の模式図

心が身体に影響を与えるというのは、納得できない人もいるかもしれない。ただ気持ちの持ち方によって、運動能力などが影響を受けることは誰でも経験したことがあると思う。

最もわかりやすいのはプラシーボ効果(プラセボとも呼ばれる)と呼ばれるものである。薬としての効果がまったくない小麦粉を固めたようなものを、薬だと偽って飲ませることで、患者は実際に病気が良くなったり、運動能力が向上したりする。

これについては面白い実験がある。二つの実験グループを用意し、一方の実験参加者は、飲むと体調が悪くなる可能性があると言われて偽薬を渡される。そしてその後、電流が流れる装置に手を当て、どのくらいの強さまで電流に耐えられるかをテストする。もう一方の実験参加者には偽薬は与えられないで同じテストをする。

どちらの参加者の方が耐えられるかというと、偽薬を与えられた方の参加者だ。これは体調が悪くなる薬だと思い込むことで、電気刺激による体調の変化が偽薬に帰属されたせいだと考えられている。つまり「うーん、なんか気分悪くなってきた」と感じても、それが電気のせいではなく、薬のせいだと思い込むのだ。

他の実験では、恋人の写真を見ていると、人はより強い痛みに耐えられることを証明した。

心というのは環境や身体のように客観的に存在しているものではない。それらは環境、脳、身体の相互作用の中で創発する「プロセス」のようなものなのだ。

何かを経験するときに何かを感じる心がある。だから私たちは心というものは、環境や身体とは独立に存在しているかのように考えてしまう。しかし実はそうではないのだ。何か起こる前に心は存在していない。その場その場で作り出されるものなのだ。

こうした心と脳、環境、身体の関係を解き明かすために、「プロジェクション」は生まれた。