税制改正で「110万円贈与」による相続税対策が変わる - 日本経済新聞

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2024年4月28日 4:00

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2024年から贈与に関する税制が変わりました。これまでは相続開始前3年以内に行われた贈与については、相続財産に加算して相続税を計算することになっていましたが、2024年からこの期間が徐々に引き上げられ、7年に延長されます。どのように対応すればよいのでしょうか? ベテラン税理士の内藤克さんが解説します。書籍『残念な相続〈令和新版〉』(内藤克著/日経プレミアシリーズ)から抜粋。

「税制改正で2024年以降に行う贈与について扱いが変わったようですね」

「らしいですが、今後どうすればいいのかよく分からないんです。どこの家庭でもやっている110万円贈与ができなくなるのですか?」

「いや、亡くなる前7年間の贈与が相続計算に加算されるので効果が薄くなるらしいですよ」

「一体いつから贈与を始めればいいのやら…」

贈与税と相続税の関係

贈与税は相続税の補完税といわれています。贈与により相続税を節税できるため贈与税が設けられていますが、少ない贈与を繰り返すことによって相続税の節税ができるため、政府は「相続税と贈与税の一体課税」を目指してきました。もともと戦前は「一生累積課税」といって、一生涯に受けた贈与財産と相続財産を合計して相続課税する方式だったのですが、今回の改正により、その方式に戻すほうに近づいたということになります。

現在の贈与税には暦年贈与と相続時精算課税の2種類がありますが、それぞれ改正されたことで、位置づけが異なっているので注意が必要です。

暦年贈与

〈従来の制度〉

受贈者(贈与を受けた者)ごとに年間の受贈額の合計から基礎控除110万円を控除して税率を乗ずる計算となっています。受け取った額の年間合計額が対象となるため、いろんな人から110万円以内の贈与を受けても、その合計額で課税されます。そして、この贈与のうち相続開始前3年以内に行われた贈与については、相続財産に加算して相続税を計算することになっていました。これを生前贈与加算と言います。これにより贈与税と相続税の二重課税になるため、すでに払った贈与税は相続税から税額控除を行います。これを贈与税額控除と言います。

〈どう変わった?〉

2024年の贈与から生前贈与加算の期間を徐々に引き上げ、2031年開始の相続から7年分となります。自分がいつまで生きるか分からない状況で、計画的な贈与を行ったほうがいいと言われても、実行に移せる人は少ないと思います。身近な人の死や自分の健康状態が不安になったときから行おうという人がほとんどのため、亡くなる前7年以内という贈与の効果がなくなるタイミングが計れず、この制度を活用する人は少なくなると思われます。

相続時精算課税

〈従来の制度〉

60歳以上の父母、または祖父母などから、18歳以上の子または孫などに対し、財産を贈与した場合において、2500万円までであれば贈与税がかからず相続税の対象とするという制度です。こちらを選択すると暦年贈与には二度と戻れません。

それでも選択するのは、子供たちにまとまった財産をとりあえず無税で動かせるからです。例えば、評価額2500万円で年間250万円の家賃収入があるアパートをこの制度で親から子供へと贈与した場合、当然それ以降の家賃は子供のものとなるため収益移転に適しています。親の財産が250万円ずつ増えるのを抑えるとともに、贈与税ナシで家賃を子供にシフトすることになります(子供には、家賃に対する所得税はかかります)。

贈与額が累計で2500万円を超える場合は、その額の20%の贈与税を申告することになります。

〈どう変わった?〉

この制度に、新たに年間110万円の基礎控除枠が設けられました。これにより、相続時精算課税を選択すると年間110万円までは贈与税が課税されないばかりか、贈与額が相続税の計算に取り込まれることもありません。なお、110万円を超えた分の累計が2500万円までは贈与税がかからず、相続時に相続税の対象となります。

〈どうすればいいか〉

住宅ローンの返済や車両の購入費用など家族の資金の手助けで行う贈与はともかく、「人生100年時代」で自分の老後資金も心配なご時世に、節税効果のメリットが少なくなる暦年贈与を行う人は減っていくのではないでしょうか。

10年くらいかけて相続税の節税のための贈与をしようと思っていた人にとっては、今回の改正により17年前からコツコツと贈与しないと意味のないものになってしまいます。

そのため、ほとんどの人が110万円基礎控除の新設された相続時精算課税を選択し、110万円贈与と2500万円までの贈与を組み合わせることになると思います。これこそ国が推し進める相続贈与の一体課税ですが、個人が贈与した履歴(受けた側も)を記録に残して保管するのは至難の業です。亡くなった親が誰にいくら贈与していたのかを把握できている子供はいないのではないでしょうか? マイナンバーカードに贈与履歴をひも付けて、税務署の持っている情報と家庭で持ち合わせている情報を共有する仕組みが必要となってきます。

税務調査はどう変わるか

国税OBは、暦年贈与の生前贈与加算が7年となると、「税務署は過去の贈与を徹底的に調べるだろう」と予測します。税務署はすでに、個人財産の把握のためにあの手この手で多方面からアプローチしています。「国外財産調書」「財産債務調書」「過去の確定申告書」「国外送金等調書」「各種お尋ね文書」、そして、国外の財産の把握に関しては外国の税務機関との情報交換制度まで整備しているほどです。

そのため、今では「隠し財産」を形成することは至難の業です。そこで税務署も、納税者の脇が甘い家族に分散している財産や過去の贈与などを中心に作業を進めることになるのです。

また、「過去に家族に名義を変えた財産=過去に家族に贈与した財産」とは限りません。贈与契約により名義変更がなされ、贈与税も申告していればいいのですが、「贈与した」のか「お金を貸した」のか「名義を借りた」のか曖昧な財産は結構多いものです。

税務調査では、曖昧なものの課税に時効の問題も関係してきます。贈与税の時効は6年であるため、それより前の贈与に対して贈与税は課税できません。そのため税務署員は、「贈与は成立していない。これは、親があなたの名義を借りただけで親の相続財産である」と名義預金課税だと言ってきます。ところが、形式的には名義が変更されているため、税理士や弁護士が参戦してくるケースも多く、税務署からすると、納税者を説得するのが大変なのです。

しかし、今後、相続時精算課税を選択する人が増えると、年間110万円を超える贈与については「相続財産漏れ」として、贈与課税でも名義課税でもなく課税処分が行いやすくなります。また、暦年贈与に関しても、相続前7年分については、「贈与があった上で生前贈与加算」として相続税を課税できるので、親の生前贈与に関しては十分な注意が必要となります。

日経プレミアシリーズ『残念な相続〈令和新版〉』

「遺産分割でもめないように」「相続税を減らしたい」――良かれと思った対策が、かえってトラブルをまねく。ベテラン税理士が、相続で陥りやすいわなを明らかにし、必ず押さえておきたいポイントを分かりやすく解説します。

内藤克著/日本経済新聞出版/1045円(税込み)

内藤克(ないとう・かつみ)

税理士法人アーク&パートナーズ代表・税理士。1962年、新潟県生まれ。中央大学商学部卒業。95年、税理士事務所開業、2010年、税理士法人アーク&パートナーズ設立。現在、司法書士、社会保険労務士、弁護士ら専門家と同族会社の事業承継を中心にコンサルティングを行う。日弁連、日経新聞などで多数講演。ハワイにも拠点を設け、国際相続も手掛ける。ホノルル日本人商工会議所メンバー。

[日経BOOKプラス2023年9月21日付記事を再構成]

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